2016年10月27日木曜日

玉川大学シンポジューム: シューベルトが愛した弦楽器・アルペジョーネ レパートリー 探究

シューベルトが愛した弦楽器・アルペジョーネ レパートリー 探究                  奥村 治 アルペジョーネ研究家 2016年10月22日(土), 玉川大学University Concert Hall2016, 日本音楽学会東日本支部 特別例会, カサド・原記念シンポジューム,「アルペジョーネソナタとアルペジョーネ協奏曲」実演付解説 資料
1. はじめに  本論文はフランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)が作曲した《アルペジョーネ・ソナタ イ短調Sonate für Arpeggione und Pianoforte d-moll D821》(1824)(以下,同ソナタ)の専用弦楽器,アルペジョーネArpeggioneの特徴を検討し,演奏領域(レパートリー)の可能性を図ることを目的とする. 2. アルペジョーネ復元の動機 何故アルペジョーネに関心を抱き,楽器の復元までしたのか,その動機は甚だ個人的な嗜好にある.きっかけは友人からプレゼントされた音楽カセットテープであった.それはチェロの巨匠,ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチ(Mstislav Leopol'dovich Rostropovich, 1927- 2007)が演奏する,シューベルトの同ソナタであった .1) その何とも切ない情感が漂う演奏に魅了され,それ以来アルペジョーネの情報収集に没頭してきた.情報を収集していく上で不思議なのは,本来の楽器で演奏している記録がほとんどないことである.また代用の楽器で演奏するのが多い反面,19世紀当時のオリジナル楽器が極めて少ない点に疑問も感じた.どんな楽器なのだろう,その単純な疑問からスタートして情報を探し回ったものの,手掛かりは欧州の楽器博物館や工房などの写真しかなかった.手に入らなければ自分で作ってみようと思いたった.無い物ねだりのような製作の出発から,試行錯誤の末にようやく自作オリジナルのOKモデル,そしてレプリカのアントン・ミッタイス(Anton Mitteis, 1824)を完成させた. 3. アルペジョーネに関わる三大Sの人物 アルペジョーネに関わる人物には,偶然ながら頭文字のSが共通する3人の偉人がいる. 一人目は,アルペジョーネという弦楽器を1823年に発明した,ギター工房のヨハン・ゲオルク・シュタウファー(Johann Georg Staufer, 1778-1853)である.二人目は,作曲家フランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828)である.彼はアルペジョーネのために書かれた,著名な唯一の作品《アルペジョーネとピアノのためのソナタ》を1824年に作曲した.そして三人目は,チェリストのヴィンセンツ・シュスター(Vincenz Schuster, 生没年不明)であり,1824年末,同ソナタを初演した.1824年末,シュスターは,ウィーンのディアベッリ社から教則本を出版し ,通算5回,同ソナタを併せて演奏している.2) 同ソナタを作曲するきっかけや依頼には諸説ある.「同ソナタの作曲の依頼は,楽器製作者のシュタウファーだ」という説がある一方 ,「シューベルトに同ソナタの作曲を依頼したのはシュスターではないか」という説もある . アルペジョーネの楽器の記事が掲載された記録には,次のようなものがある.まず, フリードリヒ・アウグスト・カンネ Friedrich August Kanne(1778-1833)が,1823年『音楽報知新聞Allgemeine musikalische Zeitung in Leipzig』に「ロマン主義の悲しい死」と題する論文でこの楽器の解説をしている.そして1824年の同誌にその説明がある.「ギターの形状に似て,大ぶりであり,巻きガット絃が張られている.弦は弓の中央部で演奏される.音色の美しさ,豊かさ,愛らしさで高音域はオーボエに近く,低音域はバッセトホルンに近い.容易に半音階のパッセージと重音の奏法ができる仕様となっている」 .3) 三大Sの偉人のうち,作曲家シューベルトはこの楽器のためにソナタを1曲書いたが,若くしてこの世を去った.楽器はその後約10年間流行したようだが廃れ,現在は幻の楽器となっている. 4. アルペジョーネという弦楽器の概要 1)定義・特徴 アルペジョーネは,『標準音楽辞典』(1991年版)によると,「チェロの演奏技術を応用したギター」4) .これは弓で弾くギター(bowed guitar)の直訳である.ニューヨーク・メトロポリタン美術館は,「弓で弾くフレット付ギターの弦楽器(Chordophone-Lute-bowed-fretted)」などと,いずれも簡潔に定義している . ヒルマーはアルペジョーネの特徴を次のように的確に述べている . 「アルペジョーネは,弓ギターないしチェロ・ギターとも呼ばれ,1823年にヴィーン人のヨハン・ゲオルグ・シュタウファーによって製作された.チェロよりも小ぶりで丸みがあるこの楽器は,金属製のフレットと6本の弦を持ち,ちょうどギターとチェロを「掛け合わせて」できたようなものである.演奏する際にはチェロとおなじく両膝にそれを挟んで弾いたが,エンドピンは付いていなかった.音色はイングリッシュ・ホルンに似ていた.この楽器の場合,和音は完全に鳴らすことができるのに加えて,その和音をきめ細かく解きほぐせるために,楽器製作の新しい情報に絶えず興味をもっていたシューベルトにとって,新しい奏法をいくつか試すという格別の魅力があるに違いなかった.」5) 2)現存する19世紀当時のオリジナル楽器  現存する当時のアルペジョーネは以下の博物館に所蔵されている. 表1 オリジナル楽器 制作者 製作年 所 蔵 シュタウファー 1824 ライプツィヒ大学楽器博物館 ミッタイス 1824 ベルリン国立楽器博物館 作者不詳 1825 ニュルンベルク国立楽器博物館 シュタウファー 1831 ニューヨーク・メトロポリタン美術館(Web公開) シュタウファー 1831 ウィーン美術史美術館 シュタウファー 1832 プラハ国立楽器博物館 シュタウファー 不詳 パリ国立楽器博物館(Web公開) シュタウファー 不詳 ザルツブルグ国立博物館
3)レプリカ楽器による音源 アルペジョーネによる同ソナタの演奏音源については,以下がリリースされている. ①クラウス・シュトルク(Klaus Storck, 1928-2011)が1974年オリジナルのアルペジョーネで弾いた唯一のCD録音がある.そのCD解説では以下のように書かれている . 「シューベルト特有のメランコリックな表情がよくあらわされており,フォルテピアノの質朴な音色との組み合わせもあり,聴きなれたチェロのアルペジョーネとは大きく異なる世界を示し大変に興味深い仕上がりとなっている.」6) ②アルフレッド・レシング(Alfred Lessing, 1930-2013)は,1980年にシュタウファー作のオリジナル楽器によって,シュスター Schuster, ヨハン・ブルグミューラー Johan Friendrich Franz Burgmuller(1806-1874), アントン・ディアベリ Anton Diabelli(1781-1858)などのギター作曲家の作品を演奏している.7) ③ハンブルク芸術大学室内楽教授のゲルハルト・ダームスタット(Gerhart Darmstadt, 1952-)は,アントン・ミッタイス・モデルのオリジナルの楽器により,シューベルトの同ソナタなどを演奏している .8) ④若手のアルペジョーネ奏者でベルギー王立音楽院准教授ニコラ・デルタイユ(Nicolas Deletaille, 1979-)は,ベルギーのヴァイオリン製作者Benjamen La Brigueによる楽器(2001年製)で,シューベルトの同ソナタをリリースしている .9) 4)楽器 ①全体像  アルペジョーネは全長約1200mmで,これはバロック・チェロとほぼ同様の長さであり,モダンチェロの3/4サイズに匹敵する.ヘッドはハンマー(金槌)型でクラシックギターのデザインを受け継いでいる.胴体はギターのように緩くくびれ,サウンドホール(音孔)はC字体をすこしなだらかな曲線にした特徴あるデザインである . 奥村治作 復元したアルペジョーネ(アントン・ミッタイス 1824のレプリカ)  ②調弦  ギター調弦と同じく,E, A, d, g, h, e (4,4,4,3,4)の四度と三度を組み込んだ開放弦となっており,五度調弦であるチェロやヴァイオリン属とは異なる. ③指板  金属のフレットを24つけている点でギターと共通する.ギター愛好家には音程をとりやすい楽器と感じたことであろう.しかも小型で持ち運びがたやすいという利便性から,アルペジョーネが使われ始めた当時はギターとのデュオや歌の伴奏などで流行したのではないかと推測できる. 5)アルペジョーネの代用楽器と楽譜  現在同ソナタに関する演奏では,この楽器の代わりにヴィオラ,チェロ,コントラバスなどを用いて演奏されることが多い.その他,フルート,アルトサックス,トランペットなどの管楽器でも演奏されている.参考までに,ファクシミリ版をフランスの楽譜社フュゾ(Fuzeau)が現在も出版している.内容を見るとチェロのように縦弾きの構え方や通常のスケール練習曲,そしてボーイング奏法など基礎的な教則本となっている. 6)アルペジョーネの衰退  アルペジョーネは1823年から1832年までの楽器しか発見されておらず,世間から忘れられた幻の楽器となって現在に至る.ではなぜ衰退したのだろうか. ≪アルペジョネ・ソナタD821≫を作曲したシューベルトといえば,彼の新進気鋭の音楽仲間が主催した親密な音楽サロン「シューベルティアーデSchubertiade」が知られている. 石井によると, シューベルトの友人であるショーバー(Franz von Schober, 1796-1882)が起こした「シューベルティアーデ」は, 詩と芸術の創造性を貴ぶ芸術活動であると同時に,メッテルニヒの保守反動政策に対抗する活動でもあった.シューベルトらは, 政治的な支配からの自由を若者の力と音楽によって訴えようとした.が,公開のコンサートはなく,密会のため記録も残っていない.10) またヒルマーは「若者文化への監視が厳しい環境はつづき,1828年にシューベルティアーデはシュパウン(Spaun, Josef von, 1788-1865)によってシューベルトの追悼をし,これが最後のサロンとなった」と述べている .11) このような背景からわかるように,衰退理由を示すような資料や文献は皆無に等しい. 筆者はしかし, 楽器を復元した経験から衰退理由については以下のような推察をしている.楽器という側面から捉えると, 商品化が困難であったことが挙げられるのではないだろうか.当時は受注生産であったため,世間に大量には出回らなかった.製作段階では金属フレットの調整が難しい.その上ガット絃や部材の調達不足などが商品化の足かせになっていたのではないかと考えられる.また,ヴィオラ・ダ・ガンバのように宮廷音楽で庇護された「高級」楽器ではなく,一部のギタリストやチェリストたちの趣味として愛好されたマイナーな楽器であったため,大衆化しなかったのではないかとも考えられる. 7)アルペジョーネと他の弦楽器との比較  参考までに、アルペジョーネとヴィオラ・ダ・ガンバ、バロックチェロなどの他の弦楽器を比較してみた. アルペジョーネは概ねバロックチェロのサイズに類似する. 表2 アルペジョーネと他の弦楽器との比較 図2 アルペジョーネとヴィオラ・ダ・ガンバとの音程比較               4. レパートリーの開発研究 ① シューベルティアーデとアルペジョーネの関わり 1824年にシューベルトは,同ソナタを作曲し,翌1825年にシュスターにより初演され,1826年以降には,フォーグルが30曲ものシューベルト歌曲を演じた.音楽サロン(シューベルティアーデ)が開催された中,シュスターが同ソナタを演奏したことがきっかけで,アルペジョーネは,新しい楽曲のジャンルを創造したにちがいない.ギターとチェロの複合楽器で,ソロと伴奏の両方を操れる話題性ある新作の弦楽器,アルペジョーネは,演奏会にはふさわしい斬新な存在感があったと思われる. ② アルペジョーネにふさわしい現在のレパートリーとは 前述したとおり,歴史上,アルペジョーネのために作曲された作品は,シューベルトの同ソナタしか残っていない.アルペジョーネが19世紀の歴史的楽器であり,当時のオリジナルの楽器でさまざまなレパートリーが演奏できる可能性について以下提案する. 手掛かりとして,まず,音楽サロン,シューベルティアーデに関係した音楽家たちの作品から探っていく. 次に同ソナタに関連する,ガスパール・カサド・イ・モレウ(Gaspar Cassadó i Moreu 1897-1966)の《アルペジョーネ協奏曲Cello Concerto in A minor, based on Schubert's Arpeggione Sonata, D.821》がある .12) カサドは,同ソナタを独奏チェロと弦楽オーケストラのためのコンチェルトに編曲しており,シューベルトの同ソナタへの深いオマージュを込めているとみられる.特徴は原曲にはないカデンツァが付け加えられ装飾音が増えているなどの付加価値をもっている. シューベルト作曲,同ソナタの原曲とカサドによる協奏曲を除くと,アルペジョーネのための作品は,室内楽の編曲ものとオリジナルの現代曲に分類できる. 以上を参考にしながらアルペジョーネを演奏するべき理想的な位置づけを考えてみた. 分析軸を2つ設置した.すなわち,横軸としては<時間軸>を,縦軸には<音楽表現の発展形態軸>を置き,ポジショニングマップにより描くことで確認することにした. <時間軸>は,同ソナタを原点に,左端は”18世紀以前の曲”を,右端は”21世紀・現代の曲”を分析の要素を置いた. 縦軸は<音楽表現の発展形態>であり,上部が”室内楽”,そのうち室内楽の要素には,ソロ,デユオ,小編成のアンサンブルを含むものと設定している.下部が”交響曲”をそれぞれ分析の要素とした. 図3:アルペジョーネの位置づけとレパートリーの開発 ここでいう<発展形態>とは,日本の伝統芸の伝承における概念を援用している.すなわち,日本の伝統弦を受け継ぐ「守」「破」「離」という段階が,アルペジョーネの位置づけを考えるヒントになるのではないだろうか.例えば,剣道や茶道などで修業における段階を示すものである. 「守」は,師や流派の教え,型,技を忠実に守り,確実に身につける段階. 「破」は,他の師や流派の教えを考え,良いものを取り入れ,心技を発展させる段階. 「離」は,一つの流派から離れ,独自の新しいものを生み出し確立させる段階などであると仮定する. こうした段階をアルペジョーネの音楽表現の拡大(レパートリー候補の手がかり)に当てはめるとどうなるか. まず,「守」:亡き作曲家シューベルトやアルペジョーネ楽器工房シュタウファーの遺志を尊重しつつ,シューベルティアーデの音楽仲間の作品をアルペジョーネの音楽表現の手掛かりにする. 次に「破」:時代を経てカサドが交響楽としての同ソナタを編曲していることに着目する.編曲は楽曲をオーケストレーション化するだけではあったが室内楽より一歩発展しており,こうした原曲をもとにした編曲もひとつの表現上の手段となるはずである. そして「離」:同ソナタや編曲を離れた現代曲への開発である. 時代考証の視点から大まかに「守」「破」「離」の流れを捉えたが,具体的には次にあげる開発するべき選曲が望まれる. 開発するべき選曲の対象とその重要の度合いは3つの基準を設けた. 1)シューベルトの小品,歌曲集からの選曲, 2)シューベルティアーデのサロン仲間からの選曲, 3)現代曲による選曲,などの順で分類した. 以下それぞれについて述べる. 1)シューベルトの小品,歌曲集からの選曲 まず,同ソナタの表題は,アルペジョーネとピアノのためのソナタであるが,当時はフォルテピアノを指していた.選曲候補を演奏する場合,理想をいえば時代を彷彿とした音楽表現を醸し出すことができる19世紀当時のオリジナル楽器を使用するのが最も望ましいのではないだろうか. 次に,シューベルトの小品をアルペジョーネで演奏できる編曲を行う.例えば,「野バラ」(Heidenröslein.Op. 3, No. 3, D. 257-2. 1799),「セレナーデ」(Ständchen Schwanengesang Nº1 Op.72-4, D.957-4,1828). 名曲に挙げられる「セレナーデ」は,分散和音(アルペジオ)の特徴から,ギターで作曲されたのではないか,とさえ覚える曲だが,アルペジョーネのソロ,またはギターとアルペジョーネのデユオにも非常に適合した曲といえよう. さらに付け加えるとすれば,セレナーデ は, 現在,テノール:ペーター・シュライヤー (Peter Schreier),ピアノ:ルドルフ・ブッフビンダー (Rudolf Buchbinder) の演奏でもよく知られているだけに,歌とアルペジョーネとのデユオも良い組み合わせかもしれない. 「菩提樹」(Der Lindenbaum, Winterreise Op.89,D911,1827年),「アヴェ・マリア」(Ave Maria, D.839,1825年)などの編曲がある. シューベルトの頂点に立つ歌曲といえば,「美しき水車小屋の娘―1.さすらい」(Die schöne Müllerin D 795-1, Das Wandern,1825年),「夕映えの中で」(Im Abendrot),「ミニョンの歌I,II(D877-2,3)」(Lied der Mignon, D877-2, -3)などの楽曲があげられる. これらは,ギター伴奏で演奏される機会も多くあり,しかもメロディカルな楽曲であることからもアルペジョーネの情緒性とマッチする選曲であるだろう. 参考までに,「美しい水車小屋の娘」は,シューベルトの時代にすでにギター版に編曲されていた.現代ではコンラート・ラゴスニック(Konrad Ragossnig, 1932-)が編曲し,シュライヤーとの演奏が有名である.13)ラゴスニックの編曲は,ギターが歌の表現をしっかりと支え,また歌と対話するなど表現が豊富である.これもアルペジョーネで演奏する価値がありそうである. 「美しい水車小屋の娘」は,現代のテノール,ペーター・シュライアーの名演奏でも知られるため,アルペジョーネと歌はマッチするかもしれない . Litanei D343(連祷) Franz Peter Schubertもしっとりとしたギターの伴奏と歌が融合する選曲の一つであろう. シューベルトの歌曲には,作者の存命中にギター伴奏用に編曲されて出版されていた. なかでも,出版元であったディアベッリ(Anton Diabelli, 1781-1858)自らが行った編曲がある .例えばシューベルトの最初の歌曲集(Op.1-7)の中から4曲を選びギター伴奏歌曲の楽譜として出版している.1828年にかけて26曲ほどの歌曲がピアノ伴奏用とギター伴奏用の両方が出版された.ヨハン・カスパール・メルツ(Johann Kaspar Mertz, 1806-1856)らギタリスト,作曲家でもあるヴィルトゥオーゾによってなされたものなどいくつか存在する.この傾向は,19世紀前半のウィーンにおいて,ギターという楽器が極めて一般的な家庭楽器であった証である. 2)シューベルティアーデのサロン仲間からの選曲 19世紀後半のシューベルティアーデに関係する作曲家の作品として,アルペジョーネの選曲にふさわしいリストを以下列挙する.選定基準はアルペジョーネの全体イメージ,トーン,曲構成などの要素を総合的に評価したものである. シューベルト記念館にシューベルトの愛奏したギターが保管されている.遺品のギターは,シュタウファー作品である.まさしく1824年前後のウィーンで流行していたスタイルのギターである.実際,アルペジョーネは,ギターの4度調弦(E,A,D,G,B,e)と同一である理由からも,ギターとのデユオは相性が当然ながら良いといえよう. さて,レッシング, ダームシュタットなどのCDには, アルペジョーネとギターのデユオの名演奏で,シュポア,シュスター,ディアベッリ,ロンベルグ,そしてブルグミューラーなどの作品が共通にみられる.具体的な候補曲は以下である. レッシングが演奏しているアルペジョーネは,19世紀のシュタウファー製ギターモデルとのデュオがある.シュポア「テンポディメヌエット」(L. Spohr - Tempo di Polacca A major from Faust arr. V. Schuster 1825),シュスター,「ギターとチェロのための小品」(V. Schuster - Drei Stuecke Fuer Gitarren Violonce),ディアベッリ,「アルペジョーネのアンダンテ」(A. Diabelli - Andante Con Moto A Major Arpeggione), ブルグミュラー,「アルペジョーネとギターのノクターン小品」(F. Burgmueller - Drei Nocturnes Arpeggione & Guit), などである. ダームシュタットは, 以下の楽曲を取り上げており,アルペジョーネとギターとは相性の良い選曲となっている.シュポア「テンポディメヌエット」(L. Spohr - Tempo di Polacca A major from Faust arr. V. Schuster 1825),ロンベルグ,「アダージオ」(B. Romberg - Adagio E major arr. V. Schuster 1825), ウクライナ民謡(Ukrainian - German-Moderato a minor (Schone Minka) arr. V. Schuster 1825)(以上はシュスターの編曲). そしてブルグミューラー,「ノクターン」(F. Burgmuller - Nocturne a minor)などである. 3)現代曲による選曲 昨今,アルペジョーネの音色やイメージを膨らませた楽曲を提供する作曲家が現れている.オルブラント(Kris Oelbrandt, 1972-)は,「アルペジョーネのための"モノローグ"」を作曲した.14) アルペジョーネのソロ演奏をアルペジョーネ奏者,デルタイユに委託しており,2012年日本公演により世界初演を果たした . 一方,ローゼンシャイン(Dov Rosenshein, 1981-)は,2013年アルペジョーネ,フルート,ピアノトリオのためのソナタ「ロマンス・3部作品」を作曲した .15) 東京ブリュッセルズトリオにより委託演奏され,世界初演となった. このソナタは,アルペジョーネの音色を上手に引き出し,しかもシューベルトの同ソナタの牧歌的なイメージを継承するような表現を醸し出している.同トリオのメンバー,デルタイユは,50曲以上の現代曲を初演するアルペジョーネの名手であるが,日本公演の際には筆者の作品(アントン・ミッタイスモデル )を毎回使用している. 最後に,日本においてアルペジョーネ楽器をどう普及するべきか.この課題の解決には,日本の唱歌,童謡を採りあげることが近道であるだろう.例えば,“日本のシューベルト”と称される滝廉太郎「荒城の月」と ピアノソナタ第14番「月光ソナタ」(ベートーヴェン作曲の編曲版),または成田為三「浜辺の歌」などは世界的にもよく知られる. これらの楽曲は,哀愁に満ち渋い音色をもったアルペジョーネが奏でるメロディよって,端正な音域をとらえて朗々とうたってくれるにちがいなかろう. 5. 結論 幻といわれていたアルペジョーネを復元して,多様な弦楽器奏者から注目されてきた.しかし残念ながら演奏する楽曲は,シューベルト作曲,同ソナタしかないことである.これでは楽器の存在感が希薄となってしまう.折角アルペジョーネを復元したのだから,もっと演奏レパートリーを拡大し,この楽器で演奏できそうな曲を発掘する方向であれば普及もあるのではないか,という思いが今回の発想の原点となった. すでに2013年以降には日本各地の音楽サロン会では,参加の皆様に実際楽器に触れていただきアルペジョーネのご関心とご理解を賜った.これを契機として,演奏ができそうな楽曲の発掘を今回のコンセプトで構築してみた.今後,室内楽の一つのレパートリーとして役割を担ってくれるアルペジョーネに期待したい. 参考文献 注:本稿は日本音楽表現学会 刊行「音楽表現学のフィールド 2」“アルペジョーネ再発見”を基本に、レパートリー探究を加筆したものである. 1)CD: Mstislav Rostoropovich (cello) Benjamin Britten(piano) , the Maltings, Snape, London,キングレコード(KICC 9239),1968. 2) “Musik für Arpeggione”, Alfred Lessing, Jozef De Been houwer Harald Mohs, (FCD 368392), 2008. 3) “Allgemeine musikalische Zeitung”,Marz 1, 1824, p.106. 4) 大橋敏成編『標準音楽辞典』東京:音楽之友社, 1991年, p.41. 5) エルンスト・ヒルマー, 訳:山地良造,『<大作曲家>シューベルト』,音楽之友社, p.136, 2000. 6) Storck, Klaus (arpeggione), Kontarsky, Alfons (fortepiano), Schubert , Arpeggione sonata, (ASIN: B0073Y13UC), 2012, Audio LP. 7) Lessing, Alfred (arpeggione), Harald Mohs (guitar), Jozef de Beenhouwer (piano), (FCD368392), 2008. 8) Darmstadt, Gerhart (arpeggione), Klepper, Egino (fortepiano) , Cavalli Records (CCD 242), 2006. 9) Deletaille, Nicolas (arpeggione), Badura-Skoda, Paul (fortepiano), (FUG529), 2008. 10) 石井誠士『シューベルト,痛みと愛』東京:春秋社, 1997年, p.214. 11) Hilmar, Ernst (山地良造訳),『シューベルト』,東京:音楽之友社,2000年, p. 85. (書名:Schubert, Graz: Akademische Drunck-u. Verlagsanstalt, 1989.) 12) CD: F.シューベルト, アルペジョーネ・ソナタ イ短調, ガスパール・カサド編, Music & Arts(CD-780), TAHRA(TAH 231), キング(KICC 2063) ガスパール・カサドー・イ・モレウ,『アルペジオーネ協奏曲』, 玉川大学教育博物館,.(ISSN2186-9472), p.29-37, 2015, およびSchott,ED 1550. 13) ギター伴奏版『美しき水車小屋の娘』(ISBNコード:9790650011365), K・ラゴスニック/J. W. デュアート編~日本ショット株式会社. http://www.free-scores.com/Download-PDF-Sheet-Music-Anton-Diabelli.htm, シューベルトとギター, ブログ: http://guitara.lolipop.jp/gita-mai-syu-v.htm. Free-Scores.com: http://www.free-scores.com/Download-PDF-Sheet-Music-Anton-Diabelli.htm 14) "Monologue" for solo arpeggione by Kris Oelbrandt Arpeggionne - Nicolas Deletaille Arpeggione, Tokyo Bruxelles Trio concert, Tokyo 2012. http://www.tokyo-bruxelles-trio.com/index_Japonais.html 15)Dov Rosenshein - Romance No.1-3 for arpeggione, flute and piano, Tokyo Bruxelles Trio-concert,Tokyo 2014. http://www.tokyo-bruxelles-trio.com/index_Japonais.html プロフィール: 奥村 治  おくむらおさむ Osamu Okumura アルペジョーネ協会 代表 ㈱電通PRセンター勤務時代に、偶然聞いたシューベルト作曲「アルペジョーネ ソナタD821」に興味を持って以来、音源や世界の楽器博物館のアルペジョーネ関連資料を収集分析、楽器復刻、作編曲などの研究を続けている. 早稲田大学ビジネススクール修了、首都大学東京 産業技術大学院大学修士課程修了。 ホームページ:http://arpeggione.web.fc2.com/ ブログ:http://arpeggione.blog48.fc2.com/ Mail: areggione@live.jp Tel. 080-3704-2216  03-6659-7433 日本音楽表現学会 刊行 「音楽表現学のフィールド 2」 “アルペジョーネ再発見”執筆 東京堂出版社販売 2016年9月 アルペジョーネ活動 *ベアンテ・ボーマン氏(元東京交響楽団主席チェリスト)とは、同アルペジョーネ ソナタに関する楽器の紹介、チェロとアルペジョーネの楽器比較のレクチャーコンサートに参加。 *ニコラ・デルタイユ氏(ベルギー ブリュッセル王立音楽院音大准教授)との親交は深く、氏が来日する際には、製作したAnton Mitteis 1824 モデルを指名され、コンサートで演奏。 *東京ブリュッセルズ トリオの東京公演では、アメリカの作曲家 ダブ・ローゼンシャイン氏の委託作品Romanceを世界初演し、アルペジョーネの解説を担当。 *The New Arpeggioneの中心メンバーであり、世界的な演奏家や音楽学者とのグループを結成、アルペジョーネの研究と普及啓蒙に邁進している。